個人的には、PS以外にも様々な話が非常に興味深かった。
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バッテリー事業の秘話や、リストラに関する細かい話や、ストリンガー時代の話など、
特に「バッテリー事業の判断は、今回の話からはもったいなかったな~」

他にも名指しで、色々ぶっちゃけてますね・・・。

個人的には「AIBO」などのAI技術もリストラのあおりを受けてたっぽい感じで、そこも残念な話という感じで、あの事業が育っていたらどうなっていたんだろうとか思っちゃいます。

まぁ、一番ぶっちゃけているのは「PS事業」の話ですが、メディアインタビューで無いことを無茶苦茶かったったりする事はないだろうけど、こういう話は片方の話を一方的に鵜呑みにするのは不味い事もあるし、色々面白い話として軽く受け止めておくのが良さそうです。(笑)

以下無茶苦茶長くなったけど、気になったポイントの一部を抜粋。


オレの愛したソニー
「立ち上がれ!ソニーの中の“不良社員”」
ウォークマンの父、大曽根幸三が鳴らす警鐘(下)
  より気になった部分を抜粋。

バッテリー事業
一度は売却する方針を出して、後に撤回したバッテリー事業に関することかな。具体的には、ソニーが今も手掛けているリチウムイオン電池事業。こういう、新興国勢がキャッチアップできない分野の事業を大事にすべきだと、もっと強く言っておくべきだったと思うね。

中略

 何が言いたいかというと、当時からソニーには、電気自動車用のバッテリーを作れる最先端の技術があったということなんだ。けれど出井(伸之、ソニーの社長 や会長兼CEOなどを歴任)さんがトップになってから、「自動車会社の下請けなんてダメだ」と言い出して有望だった電気自動車向けのバッテリー開発を重視 しなくなったんだ。

中略

 当時も当然、ガソリン車が主流だったけれど、将来的には電気自動車が徐々に出てくるし、省エネが意識されれば電気自動車が主流になるかもしれない。そこ で必要となる中核技術はモーターを回すためのバッテリーだよ。だから下請けじゃなくて、電気自動車の中核技術を作るってことなんだ。これがないと電気自動 車が動かないんだからさ。そういうことが、出井さんには全く見えなかったんだろね。

 一方で、このトレンドを見抜いたパナソニックは米テスラモーターズと組んで、電気自動車用のバッテリー事業を大規模にやり始めた。技術を持っていたのに、なんでソニーがこれをやってないのか、忸怩たる思いがあるよ。
中略

 でも大賀さんは言っていたの。「教科書がないんだから仕方がない。ソニーが新しい教科書を作っているんだから、何が起こるかも、何をしたら失敗するかも分からないよ。だから細心の注意を払いつつ、いろいろ挑戦しようよ」ってね。

 「煙が出るだけじゃなく、電池が火を噴いても、ちゃんと保険をかけてあるから安心して、どんどん挑戦をしろ」と発破をかけられてたよ。経営トップからそう言われたら、現場は盛り上がるよね。  そのくらい将来性のあるバッテリー事業なのに、この10年で有望なエンジニアがどんどん辞めてしまった。

リストラ

大曽根:10年以上も続いたリストラに次ぐリストラで、ソニーを去った人は約7~8万人。開発や設計、技術、営業など、幅広い職種で、優秀な人材がいなくなった。リストラすると、どうしても能力のある人から先にやめていくのが致命的だよね。

 一時的に人件費が下がってコスト削減できるから業績は回復するけれど、長続きはしないよ。将来の会社の成長を担うべき技術を持っている人がいなくなっ て、もう二度と帰ってこないんだから。リストラを繰り返してソニーは本当に弱ってきてしまった。そういうのを、ソニーOBは心配しているんだ。

中略

技術に理解ある人たちも先進的な研究開発を進めさせていた。しかし結局、その後に経営体制が変わると、コスト削減を理由にやめちゃった。早くから着手していた様々な分野の研究をね。

 あまり知られてないけど、「クロマトロン」という技術を地道に研究開発してきたから、後のヒット商品となった「トリニトロン」という技術を使ったテレビ の開発につながっていった。これは大賀さんが腰を据えて研究開発を続けさせていたんだよ。新しいことを生み出すっていうのは。そういうことなんだよ。

中略

最先端の技術を持ちながら、選択と集中による事業リストラで消えていったのは、「AIBO」のようなAI(人工知能)や、ロボット技術だけではないんですね。 

ストリンガー時代の経営陣

前略

 だから、ソニーケミカルが手掛けていた、電機製品を作るための接着剤や粘着テープといった部材は、新興国勢がキャッチアップできない化学分野の事業として重要だったんだ。今もソニーケミカルが作っていた部材の世界シェアはものすごく高いよ。

 それなのに、足元の経営が厳しいからと、短期的な視野しか持たないストリンガー(ハワード・ストリンガー、ソニー会長兼CEOなど経営トップを歴 任)体制時代に、経営陣が「高く売れるうちに売っちゃえ」と売却しちゃった。これは当時のソニー経営陣が、あまりに技術音痴で、先を読めなさ過ぎることを 証明していると思うね。こんな大事な技術を持つ会社を、「ノンコア事業」と判断して、手放しちゃったんだから。 

ソニーの事業多角化
大曽根:映画や音楽、金融と、業容を広げていったのは盛田(昭夫、ソニー創業者)さんのアイデアだね。当時も今も、メーカーとしては異例の多角化だったと思う。

井深(大、ソニー創業者)さんは生粋の技術者だからやりたいことは一つ。ハードウエアの分野で次々と新しいモノを作りたかったんだと思う。
   盛田さんは井深さんとは違って興味の範囲が広かった。だから、映画や音楽といったエンタメ分野や金融分野といった、経営の多角化を進めたんだろうね。
中略

 音楽会社や映画会社を買収した後、役員会などの会議がソニーの本社で開かれるようになったわけ。そうすると米国から、米ソニー・ミュージックエンタテイ ンメントや、米ソニー・ピクチャーズエンタテインメントの幹部連中が東京に来るようになった。これが結構なカルチャーショックでね。みんなTシャツにジー パンで、靴下もはかないでスニーカーだったりして。そんな恰好でソニーの本社に来るわけだよ。

 会議に参加する人の格好からして全く違って、異様な感じがプンプン。モノ作り一筋だった我々とは世界が違うんだなという感じが出ていたよ。

 だから、向こうに任せっきりで野放しになっていた部分はあるんだろうけど。米ソニー・ピクチャーズでは経営トップの2人が、しこたま会社のカネを使いこんでいる時期があったよね。 

プレイステーション事業
大曽根:私は別にゲーム事業の参入に反対していたわけではないよ。参入しても、製品にソニーの名前を入れないように、と考えていただけで。

   後のプレステにつながるゲーム機は元々、任天堂に頼まれて開発していたんだ。それなのに任天堂が「やっぱりいらない」と言いだしたのが発端だよ ね。そのうえ、「これまでの開発費も払わない」と言われちゃった。そんな理不尽なことあるかということで、「よし。じゃあ自分たちでやろう」ということに なったんだ。もう売り言葉に買い言葉で、久夛良木と大賀さんが話をしてやることになった、という経緯があるから。そしてプレステが生まれた。

   経緯はどうあれ、あの時、ゲーム機に参入したのは正解だった。当時、ゲーム機では任天堂が唯一、飛び抜けた存在だったよね。そういう状況では、 ゲームのソフトを作る会社の大部分は任天堂の言いなりになるしかない。みんな忌々しいと思いつつも、圧倒的に強い立場の任天堂の言うことを聞くほかなかっ た。

   そういうところに、新勢力が入って見込みがありそうとなったら、みんながダーっとなびいてくるよね。ソニーがゲーム事業に入るとなったら、ソフト 会社とはいい関係が作れるだろうと私は思ったよ。ソニーは音楽や映画事業も持っていて、コンテンツの重要性を理解する人材がグループ会社にいることも分 かっていたからね。

   売り言葉に買い言葉で決めた事業だったけれど、冷静に考えても、任天堂と戦える余地はあるなと感じていたよ。